和泊町


和泊町は、鹿児島市の南546km、沖縄本島の北方60kmの洋上、
北緯27度23分、東経128度39分に位置する四方海に囲まれた
沖永良部島の東北部半分にあります。
南側は太平洋、北側は東シナ海にそれぞれ面し、北東部は海を隔てて徳之島、
南西は知名町に接続し、与諭、沖縄の島々が遠望されます。
町の南西部に古成層からなる「越山」(188.6m)があるほかは、
ほとんど平坦で耕地に恵まれ、大部分が畑地です。
気候は亜熱帯海洋性に属し、四季を通じ暖かく、年平均22℃で亜熱帯の花々が咲き、
ライトブルーに輝く青い海と空、白い砂浜、又、サンゴ礁の奇岩には黒潮が飛び散り、
自然豊かな南国の町です。
降雨量は年平均2,000ミリと多いが、梅雨期や台風時(7月〜10月)に集中してます。

■ 自 然 ■

■フーチャ■
隆起サンゴ礁が東シナ海の荒波で浸食されてできた洞窟海が荒れると、岩間にある潮水を10メートル以上も高く吹きあげます。
「飛び立つ波は八尺余、国頭フーチャの一奇観」と昔の人が歌ったように潮吹上げの様はダイナミックです。
空港から車で5分
和泊港から車で15分
■西原の海■
国頭小学校ガジュマル■日本一のガジュマル■
ガジュマルは、幹が多数分岐して繁成するクワ科の常緑高木で、和泊町の町木でもある。国頭小学校にある日本一のガジユマルは、根回り8m、円形に広がった枝張りの直径22mという大きなもの。1898(明治31)年の第1回卒業生が植樹し、子供たちと一緒に成長してきたものだ。また「新日本銘木百選」で選ばれた。島ではガジュマルの木を防風林に、また盆栽としても愛用しています。

■歴史■

■南洲神社(牢内に端座する南洲翁像)■
西郷南洲翁は島津久光公の怒りにふれて、沖永良部島へ流罪となりました。文久2年8月から元治元年2月まで(1862〜1864年)1年7ヵ月の間牢居されました。その間、敬天愛人の思想のもと村の子弟の教育にあたられ、教育や文化の面に多くの人材が輩出しました。
空港から車で15分
和泊町役場から徒歩で5分
■世之主の墓■
琉球王朝時代沖永良部島を治めていた島主のことを世之主といった。
この墓は、北山王の二男・真松千代の墓とされ、石門で囲まれた奥に、サンゴ礁をくりぬいてつくった純琉球式の立派な納骨堂が残されている。真松千代は、15世紀ごろ、中山王の和睦船を来襲してきたものと早合点し、妻子とともに自害したという。
空港から車で20分
和泊港から車で10分

■公園■

■越山公園■

緑豊かな越山公園は、世之主(島主)の史跡等もあり年間を通じて花と緑に触れ合うことができます。
頂上には町制50周年記念モニュメントがあり展望所からの眺望は一見の価値ありです。