5月16日三社祭その1

「〜祭り」「〜市」「〜大会」「〜カーニバル」と1年中イベントの絶えること無い浅草で、「祭り」と言えば「三社祭り」と返って来るほど、浅草っ子が思い入れるこの祭り。Pigはこの祭りを間近で体験するのは今年で3回目です。
毎年祭りの時期が近づくと、家までの帰り道にで、祭りのお囃子の練習をする笛や太鼓の音色が聞こえたり、通りの入り口には祭り用の提灯が並べられたり、各家の軒先には、提灯を飾る台が撮取り付けられたりと、街中がなんだか色めき立ってくるのが感じられます。
三社祭り写真
日曜日の渡御を待つ3基の神輿。
三社祭り写真
境内に飾られた商店や料亭などの提灯
三社祭り写真
指物屋の表の祭りの提灯。
全ての家の軒先に、この提灯が飾られます。
「三社様」は、浅草寺の隣にある浅草神社の呼び名です。その昔、浅草の漁師の兄弟が漁に出ていると、網にかかった観音様を発見し、領主と共に隅田川のほとりに祭った、この観音様が浅草寺の始まりで、三社さまはこの兄弟と領主の3人を祭った神社とのこと。浅草神社の紋章は、3つの網が描かれています。
祭りの歴史は江戸期にまで遡るそうですが、古くから伝わっていた神輿は東京大空襲で焼け落ち、現在の神輿は戦後に奉納されたものだとか。
空襲と言えば、浅草神社の本殿は、浅草寺と神輿蔵との間にあって、浅草寺からは十数メートル、蔵からは数メートルの距離に有るにもかかわらず、浅草寺と神輿蔵は焼け落ちても、浅草神社の本殿だけは奇跡的に焼け残ったのだそうです。平成になって修復工事は行われましたが、建物自体は数百年続くもので、国の文化財にも指定されています。

さて、話を祭りに戻しましょう。
祭りの初日の金曜日は、会社帰りに旦那と浅草神社の神輿蔵の前で待ち合わせて、いっしょに祭り見物をしようと約束していました。
銀座線の浅草駅を出て、普段は人通りの多い仲見世商店街を避け、新仲見世から浅草寺境内へ抜けようと歩き始めると、通りの向こうから「ソイヤ、ソイヤ」という威勢の良い掛け声が聞こえてきました。やってきたのは「仲見世」町会の神輿の列。先頭は、着流しの浴衣姿に提灯や拍子木を持った年配の町会役員。その後を、若集が揃いの半纏にねじり鉢巻姿で、威勢良く神輿を担いでやってきます。

浅草の町会は全部で44町会。
番地こそ「浅草○丁目」なんて、大まかな区切りになってしまいましたが、「猿若町」「象潟町」「聖天町」「花川戸」などなど、昔ながらの町の名前は、今も町会名としてしっかりと残されていて、それぞれの町会毎にその町会の神輿が保管されています。年に一度祭りの時には、町会の人々によって浅草神社まで渡御され、お払いを受けて町会に戻り、今度は町会内を練り歩く…。これが祭りの初日と2日目の主なイベントとなります。

仲見世町会の神輿の一団が通りすぎると、今度は浅草東の神輿の列。良く良く見渡すと、その他にもあと2、3町会はやってきそうな雰囲気です。
いくら祭り好き、神輿好きとはいえ、これではいつになったら待ち合わせ場所にたどり付けるかわかりません。慌ててわき道に逸れて浅草神社の境内へと向かいました。

一昨年は、境内の能舞台で祭りのお囃子や舞が奉納されるのを見られたのですが、今年はぐずぐずしていたせいか、残念ながら神社の舞台では今日の出し物は全て終わり、片付けが済んだ後でした。
仕方なく神輿の収められた蔵の前へ。
普段は堅く閉ざされた黒い扉がすっかり取り外され、花やお神酒で飾られた3基の神輿が、威風堂々と並んでいます。
明後日の日曜日、3基の神輿はそれぞれ3方に分かれて浅草の町会を渡御します。Pigの家のある田町聖横町会は、一昨年は三の宮、去年は一の宮が周ってきましたから、順番から言うと、今年は二の宮が周ってくる番。当日の渡御を楽しみに、この日は旦那と、近所の友達とで、場外馬券売り場の裏の小さな飲み屋でホッピーを2、3杯引っ掛けてからお開きとなりました。
三社祭り写真
大切に飾られた猿若町の神輿。
三社祭り写真
出番を待つ花川戸の子供神輿。
三社祭り写真
祭りの日には地下鉄の駅にも提灯が…。

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